愛蘭土語学留学日記

アイルランド・ダブリンに行ってみました

日本の歴史、アイルランドの歴史

Hello. I'm Harbie.

今日はいろいろありましたが(テストの結果が帰ってきたり、公園に行ったり)、

一番気になったのは先生による北アイルランドの歴史

 

金曜日は毎週テストなのですが、その後先生が北アイルランドの歴史について

あれはもはや講義だな...

授業を受けました

 

恥ずかしながら、私は比較的歴史には詳しい方なのですが、

アイルランドの歴史については非常に断片的というか、薄いです

正直来る前まではOconnel も知らなかったですし...

というよりも知っていたのは、

グラフストン・アイルランド自由国・エール、

そして我らが The Republic of Ireland (アイルランド共和国)だけでした

 

で、授業

特にフォーカスされたのは1960年以降のアイルランド

1960年にアメリカで始まった公民権運動(Civil-rights movement)の影響をうけ、

民族意識の高揚→北アイルランド独立運動に発展します

そのなかでプロテスタントカトリックの比率が微妙な北アイルランドではNatinalist(カトリック)vsUnionist(プロテスタント)

の構図になります。どうやら若い世代=Catholics おやじ世代=Protestantsらしいです。

その運動は70→80年代にかけてどんどん酷くなり(IRAなどは日本でも有名)、

最終的に90年代に入って休戦という形になります。

 

ですが、現在でも北アイルランドの7月12日はOrange Orderというイベントがあり、暴動が起きます。

それはプロテスタントカトリックを打ち破ったWilliam of Orangeを称えるお祭り

ほぼカトリック/プロテスタント比率が50%ずつのこのエリアにおいてこんな祭が続くことは、少なくとも快いものではないです。

 

そして先生は

「君たちはどうおもう?率直に聞かせてほしいんだ」

と何度も聞きました。

 

ある女の子は

「悲しいかな。同じエリアに住んでいるのに憎しみ合っていて...」

と言っていました。

 

でも、正直私はとても言えなかったけれど、

そこまでしてなぜ宗教というモノを信じようとするのか不思議でたまらなかったです。

平和なうちに宗教というモノに熱心になるのは分かる。

でも、それが原因で争いが起こるとしたら、なぜそれを信じるんだろう?

と思ってました。

 

しかしこんな違いを感じながら、同時に私は日本の60年代を思い出してました。

安保闘争、あの時代――。

私は全く生まれてなかったけれども、60年代日本だってもしかするとアイルランドと同じだったんじゃないでしょうか?

最終的に日本もアイルランドも結局英米に飲まれる形となったけれども、

自分の国を、自分自身で守り、自分自身で成長させる

これは今でも時々発作のようにデモとして、暴動として現れます

 

でも、答えはまだわからない。

北アイルランドアイルランドに併合されるのが幸せなのか、イギリスに併合されたままが幸せなのか。

いや、独立や併合にそもそも幸せなんてないのか――。